秘密のベビーのはずが、溺甘パパになった御曹司に一途愛で包まれています
 目的地について、ためらいがちに呼び出しのブザーを押す。

「はい」

 久しぶりに耳にしたその声に小さく体を震わせると、つながれた大雅の手にぐっと力がこもる。まるで、大丈夫だと励まされているようだ。

「千香です」

「入ってきなさい」

 そっと入口を開けて中を覗く。この時間は私たちのために人払いをすると言っていた通り、秘書らは席を外しているようだ。

 ここへは祖母のお使いで何度か来ていたが、数年前の記憶と比べてずいぶん様子が違うようだ。以前は室内にももっとたくさんポスターが貼られて、活気のある雰囲気だったはず。

 とりあえず、父の待つ執務室へまっすぐに向かう。
 扉をノックすると、すぐさま「入りなさい」と声がかかった。

「失礼します」

「ああ、久しぶりだな千香。大雅君も、遠くまですまないね」

 あまりにもフランクな声掛けに、眉を顰める。
 私の記憶にある父よりも、若干更けたようだ。きっとそれだけ、私も以前の自分とは変わったのだろう。

 二度と会う気のなかった人物に〝久しぶり〟と言われた悔しさに、心の内でため息をつく。この人にとっては私が家を出たなどやはり些細なことにすぎなかったのだろうと、苦々しく思う。

 本来なら、迷惑をかけた大雅に対して下手に出るべきところなのに、父の態度にその様子は見られない。
 チラリと大雅を見たが、特に気を悪くした様子はなく促されるまま椅子に座った。
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