秘密のベビーのはずが、溺甘パパになった御曹司に一途愛で包まれています
 眠っているのをいいことに、遠慮なく大雅を見つめる。

「好きなだあ」

 不意にこぼれたつぶやきにハッとして、口元を手で覆う。
 初めて体をつなげた相手だからだろうか。それとも、悩みを聞いて私を甘やかしてくれたからそう思うのか。抱かれながら、彼に対する好意を抱いたのはたしかだ。

 こんなふうに衝動的に人を好きになる経験がなくて戸惑ってしまうが、彼を見ているとどうしようもない愛おしさが込み上げてくる。
 
 だけど……。

「ありがとう、大雅」

 彼はたしか、今日アメリカに戻ると話していた。だから当然、私とのことも一夜限りのつもりだったのだろう。
 だとすれば、この場で彼を起こすのになんの意味があるのか。

 目覚めた大雅ともう一度顔を合わせてしまえば、離れがたくなってしまいそうで怖い。
 叶わない想いなど告げる勇気はないし、彼を困らせてしまうだけだろう。

 大雅とともに過ごした素敵な思い出があれば、きっとこの先もひとりで生きていけそうだ。
 そう無理やり自分に言い聞かせると、名残惜しさを振り切ってベッドを抜け出した。

 胸の痛みを無視してそんなふうに物わかりのいい考え方をするのは、いろいろとあきらめるばかりだったこれまでの習慣のせいかもしれない。
 深みにはまる前なら、この想いもなかったことにできそうだ。

「さようなら」

 素早く身支度を整えて、なにも残さないままホテルを出ると、疲れた体を叱咤しながら急ぎ足で自分の泊まっているホテルを目指す。

『千香』

 その間中、大雅が優しく私を呼ぶ声が耳から離れなかった。
 たくさん呼ばれて、触れられて、本当に幸せな時間だった。

「ありがとう、大雅」

 足を止めて背後に見えるホテルを振り返りながらもう一度小声でつぶやくと、未練を断ち切るように前を見据えて再び歩き出した。
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