秘密のベビーのはずが、溺甘パパになった御曹司に一途愛で包まれています
「お隣さんが、話しやすそうな子でよかったわ」

「私の方こそ、加奈子さんのような気さくな方と知り合えて嬉しいです」

 正直、周りに知っている人がまったくいないのは不安だった。仕事が決まったとはいえ、基本的に在宅での作業になるため、人と出会う機会が少なそうだと心配していた。それだけに、加奈子さんの存在はすごくありがたい。

 スーパーの場所やおすすめのカフェなど、彼女は有益な情報をおもしろおかしく教えてくれた。とにかく話しやすい女性で、おしゃべりが止まらなくなる。
 もしかしたらここ数日、ほとんど誰とも話していなかった反動かもしれない。

「――そう。広島から来たの。ひとりだと、なにかと心細いでしょ? いつでも私を頼ってくれてかまわないからね」

 家出という事情こそ伏せたものの、当たり障りのない程度の身の上話をしていた。加奈子さんの頼もしい言葉に、ここでなんとかやっていけるかもしれないと自信が深まる。

「――数年前に、主人に先立たれてしまってね」

 彼女も話し相手を欲していたのかもしれない。自身の事情を明かしてくれた。

「娘は遠くで就職しちゃった。息子夫婦が一緒に暮らそうって言ってくれたんだけど、まだ新婚さんなのよ。そんなところに姑が転がり込んだら、お嫁さんにしたらおもしろくないでしょ?」

 嫁と姑といった実家の事情とどこかリンクする話に、いろいろと考えさせられる。もっとも祖母や母は、加奈子さんの気さくな人柄とは似ても似つかないが。

「それに、元気なうちぐらい気兼ねなく暮らしたいじゃない。だから私も、久しぶりに独身生活を謳歌しようと思ってね。千香ちゃんが越してきたから、この暮らしもますます楽しくなりそうだわ」

 終始明るい調子で話している加奈子さんだが、背後にはご主人を亡くした悲しさや不安があるのかもしれない。

「私、実家を出るのは初めてなんです。だから楽しみな反面、不安もあって……。加奈子さん、これからもよろしくお願いします」

 別れ際には、連絡先まで交換し、互いに下の名前で呼び合うほどの仲になっていた。
 年代も境遇もまったく違う私たちだけど、気の許し合えるような関係を築いていけそうだ。
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