秘密のベビーのはずが、溺甘パパになった御曹司に一途愛で包まれています
 仕事をはじめてからもうすぐ二カ月ほどになる。
 東京へ出てきた頃は夏真っ盛りだったが、今は暑さがすっかり落ち着いて、朝晩は肌寒さを感じるようになった。

 父からの連絡は途切れていない。それに対して私からは、【元気にやっているから放っておいてほしい】と数回送ったのみだ。住んでいる場所や仕事について、こちらからはなにも明かしていない。

 仕事をしようとパソコンを立ち上げたところ、メールボックスを開いてため息をつく。受信していた中に父からのメールを見つけてしまい、途端に気分が重くなった。

 渋々目を通していく。いつもとさほど変わらない内容のメールだったが、最後の一文を読んでマウスに添えた手に力がこもった。

【しばらくやりたいように過ごしたら、ちゃんと帰って来なさい】

 やりきれない悔しさと苛立ちに、心を落ち着かせようとぎゅっと瞼を閉じる。

 私が実家を飛び出したことに対して、少し拗ねている程度にしか思われていないのなら、ここに家の手の者が現れないのも納得だ。

 父からのメールに毎回ある【婿を迎えて……】という決まり文句も、私が本気で家を出たという真意が伝わっていないが故のものなのだろう。

 相続という旨みは梨香へ、妻業という労働は私へと方針が固まったのかもしれない。
 父にとってそれは姉妹間の格差でもなんでもなく、当然のように考えているのだと思うと複雑な気持ちになる。

 私に戻る気などないし、実際のところはどうなのか知りたいとも思わない。
 遺産なんて一円もいらない。それを放棄することであの家族と縁が切れるというのなら、私は喜んで手放すつもりだ。
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