秘密のベビーのはずが、溺甘パパになった御曹司に一途愛で包まれています
 その後、リビングに戻って薬箱を出してきた。
 目的の吐き気止めを見つけて、服用個数を確認する。

「一錠でいいのね。空腹時は避けて、それから……」

 ひとりで暮らす不安から、いくつかの薬は用意してある。その中でも初めて手にした薬のため、一応ほかの注意事項にも目を通しておく。

「眠気は出なさそうね。よかった。あとは、妊婦は飲めないと……」

 さらりと読み進めていたが、小さな引っかかりを覚えて視線を戻す。

「妊婦……」

 自分とは無関係な単語だと一旦は読み流したが、ふと気になって無視できなくなる。
 
「妊娠?」

 つぶやくと同時に、一度会ったきりの大雅の顔が自然と脳裏によみがえる。加えて『千香』と呼ぶ心地のよい声音も。

 もうずいぶん時間が経ったというのに、あの夜の出来事は私の中で少しも色あせていない。彼とはもう二度と会えないだろうという現実が、思い出をさらに美化させているのかもしれない。
 
 甘い記憶に、頬が熱くなる。
 それを振り払うように首を横に振ったが、あまりうまくいかない。

 今頃アメリカでバリバリ働いているのだろうかと、一度も見たことのない弁護士としての大雅まで想像していた。
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