あなたの落とした願いごと
その時、例のカップルの興奮気味の声が聞こえて、私はそっと顔をあげた。


あれからずっと滝口君と福田さんの事ばかり考えていたせいか、前に座る2人の会話は見事に私の耳をすり抜けていたんだ。


「何が」


「沙羅!8月の後半空いてる?」


何があったの、と聞こうとしたら、いきなりこちらを向いたエナが机に両手を着いてきて、私の声は儚く掻き消された。


「夏休みでしょ?今のところは何の予定もないけど」


目を瞬かせた私は、何で?、と聞き返した。


「8月の最後の週、滝口神社で夏祭りがあるんだって!花火大会もあるらしいから、私達4人で行ってみない!?」



エナの力の入った声は何重にもこだまして、私の身体を包み込む。


「夏祭り、?」


そのお誘いは、本来は喜ばしくて即決出来るもの。


滝口君を含めたこのメンバーで夏祭りに行けるなんて光栄だと、心の底では分かっているはずなのに、

それとは対照的に、私の口から飛び出した言の葉は微かに震えていた。




私が人混みを避けるようになったのは、ある夏祭りに訪れた事がきっかけだった。


そして、その夏祭りが開催された場所こそが、



滝口神社だったんだ。



(夏祭り…)


もう子供ではないから、小学生の頃みたいに取り乱したりしないと分かっている。


変に動き回ってはぐれたりもしないし、私だって皆と同じように出来る限りの青春を謳歌したい。
< 110 / 230 >

この作品をシェア

pagetop