あなたの落とした願いごと
そんな事をただひたすら考えていると、


「あっ」


ふっと、滝口君がこちらを向いた。


(あっ、気付かれた。…やばいどうしよう、近付いてきた!)


元々は彼とはぐれて、トラウマのフラッシュバックに襲われて泣く泣く此処まで来たのに、今の私の心を支配しているのはどう言い訳をしようか、という事のみ。


最初に謝るべきか、それとも聞いていなかった振りをして再会を喜ぶべきか。


そんな風に考えを巡らせているうちにも、滝口君はずんずんと大股で距離を縮めてくる。


その顔は暗闇に紛れて捉えられないものの、彼の持つ何とも言い表せない空気が私を包み込んだ。



「…ミナミ」



目の前に立ち、私を呼ぶその声には何の感情も含まれていない。


そんなのいつもの事なのに、この状況下ではそれが逆に不気味に感じた。


「滝口君、…ごめん私はぐれちゃって、」


あんなに色々考えていたはずなのに、密かに想いを寄せる人を目の前にした私が発したのは謝罪の言葉。


でも、彼は私の声など聞こえていないかのように、


「どこまで聞いてた?」


この大地に芽吹くもの全てを凍らせる程の、冷たく静かな声を出したんだ。


「え、」


その声は、滝口君が空良君にかけるものよりも、初めて話し掛けられた時よりも抑揚がなく、両腕に瞬時に鳥肌が立つ。
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