あなたの落とした願いごと
けれど。


「…え?」


こてん、と首を傾げたその人は、次の瞬間不思議そうに質問をしてきた。


「沙羅ちゃん、何でそんなに堅苦しいの?俺何かしたっけ?」


(あっ)



今度は、私が固まる番だった。


リュックを背負ったままの背中からは冷や汗が流れ落ち、男の人の肌色の丸を見つめる目に力が篭る。


この人は本当に私と面識があって、なのに私は今、彼の事を忘れてしまっていたんだ…!


どうしようどうしよう、やらかした。

頭の中ではこんなにも焦っているのに、肝心の顔が見えない。

この人が誰だか、分からない。


何も言えないまま、焦りと緊張が上限に達しようとしたその時。



「拓海ー、ラーメン出来たから来いよー」


兄がタイミング良く、男の人…拓海君の名を呼んだんだ。


「はーい」


掠れた声で返事をして踵を返し、リビングに向かっていくその人の後ろ姿は、

まさしく、私が見ていた拓海君の背中そのものだった。


「た、拓海君!」


声も姿も何もかもが違うけれど、この人は拓海君だ。


後悔の念に襲われた私は、慌ててその背中を追い掛けた。



彼を追うようにリビングに入れば、たった今出来上がったインスタントラーメンをお椀によそっている兄と拓海君が、同時にこちらを見てきた。
< 177 / 230 >

この作品をシェア

pagetop