あなたの落とした願いごと
「どうしたの?ってか聞いてよ陽樹、沙羅ちゃんさっきから初対面レベルで堅苦しくてさぁ」


「いやあれは、拓海君の事が分か、…声が、違かったからびっくりして…」


拓海君がどぎまぎする私と兄を交互に見つめ、あははと声をあげて笑う。


どうやら、彼を不快にはさせていないみたいだ。


「俺さ、昨日カラオケ行ったら声枯らしたんだよね。そりゃあ、誰だか分かんなくなるよな」


(カラオケ…そっか、)


掠れ過ぎて所々声が出ていない中、拓海君の口角が上がっているのが見えた。


私も笑顔を浮かべているけれど、これは本心から来たものではない。


久しぶりにミスを犯したという罪悪感の沼に、既に片足を突っ込んでいるんだ。


「本当馬鹿だなお前!あ、沙羅も何かつまむ?」


兄が笑いながら話しかけてくれるものの、その表情は何も読み取れない。


兄がその言葉に込めた感情すら、混乱した私の頭では判断がつかなかった。


「…ううん、大丈夫。私、先にお風呂入ってくるね」


潤んだ目を瞬かせた私は無理やり口角を上げ、その場を後にした。




「やってしまった…」


有言実行でお風呂に入った私は、ズブズブと湯船に沈み込んだ。


面識のある人が誰だか分からなくなったのが久しぶりの事で、その分ショックも大きい。
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