あなたの落とした願いごと
でも、


「お前、ここの席だったんだな」


その人は、馴れ馴れしくそんな事を言ってきて。


「あっ、はい」


敬語で返事をしながら、私は慌ててその人の特徴を掴む為に観察を始めた。



この人は、もしかしたら去年同じクラスだった人かもしれない。


でも黒髪の人なんて山ほど居るから、彼が誰なのかなんて見当もつかなくて。


(っ、)


ああ、こんな時に限って昨日の過ちが思い出される。

普通なら分かって当たり前だった拓海君の事が分からなかった、あの出来事が。


あの時のショックをまだ引き摺っているのか、上手く脳が働かない。


上機嫌だった気分は一瞬にして地に堕ち、この場をどう切り抜ければいいか、それだけを模索し始める。


「え、何でそんな見てくんの?」


こっちは必死になってこの人が誰か思い出そうとしているのに、当の本人は笑いを含んだ声で煽ってきた。


(っ…、駄目だ、分からない)


私は貴方が誰だか分からないというのに、どうして貴方は私のことを知っているの?


焦るあまり、冷や汗が首筋を伝った。


お願い、この人が私とあまり話した事の無い他クラスの人であって。

もしそうでなかったら私は、大事な友達の事を忘れた事になってしまうから。


ぎゅっと手で拳を作った私は、今まで必死に避けてきたあの質問を乾いた唇に乗せた。



「あの、…貴方、誰ですか?」
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