あなたの落とした願いごと
そりゃあ、いつまでも諦めきれない私も駄目駄目だけれど、何で私ばっかり。


あの時、滝口君は確かに私のあだ名を呼んでくれた。

容姿は変わっていたけれど、彼の低くて記憶に残りやすい声は何も変化していなかった。


それなのに私は、


(“誰ですか?”って…!)


好きな人の顔を、存在を忘れるなんて、もう失格だよ。


後悔と罪悪感と劣等感と、私が持ちうる全てのネガティブ思考に支配されて取り込まれる。



頭の中では、滝口君に対する謝罪の言葉がぐるぐると渦巻く。


「大丈夫ですか?」


手で顔を覆って泣き続ける私の周りに、参拝客が集まって来たのを感じる。


中には私に声を掛けてくれたり背中を摩ってくれる人も居るけれど、自暴自棄になった私は顔をあげる事もしなかった。

だって、私は彼らの顔を見て感謝の気持ちを伝えられないから。




その時。


「あ、すいませんすいません。こいつ俺の連れなんです。ごめんなさいほんと、迷惑掛けちゃって」


低くて心地の良い、私の知っている声が聞こえたんだ。


「こっち行くぞ」


もう、何かを声に出す事すら出来ず。


そのままその人に腕を掴まれた私は半強制的に立たせられ、半ばその人の肩を借りるようにしながらその場を離れた。
< 185 / 230 >

この作品をシェア

pagetop