あなたの落とした願いごと
その時だった。



「ねえ」



いつの間に背後に立っていたのか、誰かの低い声が聞こえて、私は、そのまま腕をむんずと掴まれた。


「え!?」


完全に気を緩ませていた私は、慌てて後ろを振り向く。


「ちょっとこっち来て」


その少女は有無を言わさず、その小さな身体の何処からそんな力が湧くのかと思ってしまう程の怪力で、私を傍にあった空き教室へ引き摺り込んだ。



「何なの、」


「“何なの”はこっちの台詞なんだけど」


空き教室に着くなり中に突き飛ばされた私は、よろけて壁の近くに積まれた机に身体をぶつけた。


じんじん痛む腕を擦りながら身体の向きを変えると、その少女は空き教室のドアを勢い良く閉めているところだった。


(…え、何この状況?)


頭が混乱していて、何が起こっているのかよく分からない。


というより、この人は一体誰だろう。


「あの、急にどうしたんですか、」


空き教室は机やダンボールが散乱していて、冷房もついていないからとにかく暑苦しい。


居るだけで汗が噴き出すこの場所で、その少女がきっと私を睨み付けたのがはっきりと読み取れた。


「私の事“誰”とか言っといて、次は他人行儀?何様のつもりよあんた」


「え、」


瞬間、自分の発言がまたも迂闊だった事に気付かされる。


彼女の怒りの籠った声と、その黒髪ショートカット。
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