あなたの落とした願いごと
私達の間を流れる時間だけ、時の巡りが遅くなった気がした。


「逆に、誰がそんな事決めたの」


滝口君は机から降り立ち、そのスタイルの良い長身で私の事を見下ろしてきた。


「お前が人の顔を見れないとか、俺が次期宮司になれないとか、誰が決めたの?」


さざ波の立たない湖の水のように静かな彼の声は疑問形でありながら、誰からの答えも求めていない。


「えっ、」


だって、彼の声に込められた感情を紐解けば分かる。


彼が、自分自身で答えを見つけたという事を。




「…ねえ、ミナミ」




溜めに溜めて放たれた彼の声は、いつかと同じく震えていた。



「ずっと現実から目を逸らしてたけど、…俺、父親に認められた」



その声は小さくて、でも、私の頭の中で何重にもなってこだまする。


「昨日の夜から、徹夜で親父に頭下げて謝って頼み込んだんだ。…そしたら今朝、神社出禁が解除された」


次期宮司の件はまだ聞き入れて貰ってないけど、自力で頑張れば何とかなるかもしれない、と話す彼は既に顔を歪めていて、何度も袖で目を拭っていて。


「ほ、本当…?」


滝口君は、私なんかじゃ計り知れない程のプレッシャーや緊張と闘いながら、初めて自分自身と向き合ったんだ。

神様は居ると信じて、その神様を祀る手伝いをしたくて、ただひたすらに。

彼の切実な願いと努力は、確かに天に届いた。
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