あなたの落とした願いごと
私は隣の席だから幾らでも観察する機会があって、だからこそ言えるけれど、彼には本当に欠点がない。


何でも出来て、彼にはまさに“天才”という言葉が相応しいんだ。



「…ねえ、聞いてんの?」


そのままじっと彼の筆跡を見つめていた私は、滝口君の怪訝そうな声で我に返った。


「あ、ごめん。どうしたの?」


勢い良く顔を上げると目の前に肌色の丸が広がっていて、その不意打ちにごくりと唾を飲み込んだ。


こんな近くに滝口君の顔があれば、普通の女子は卒倒してしまう事だろう。


もしかしたら彼もそれを期待しているかもしれないけれど、私の場合は何の反応も出来ないんだ。


「だから、大江戸町に行くのに着物と制服どっちが良いかって。着物ならレンタルだから金掛かるけど、制服なら楽だからどうする?…って話、してたんだけど」


滝口君の顔に意識を集中させると、その口が動くのが辛うじて読み取れた。


「あ、…ああ!うーん、私は皆に合わせるけど、」


慌てて“もちろん聞いてましたよ”感を出しつつ、私は否定とも肯定とも取れない台詞を口にする。


こういう時に優柔不断になってしまう性格を中々治せないのが、私の悪いところ。


「制服にしようよ、ねえ良いでしょー?」


前の席ではクラス公認の美男美女カップルが制服案を声高に推していて、


「分かった」


彼らの意見を反映させた滝口君は、服装の欄に制服と書き込んだ。
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