あなたの落とした願いごと
「で、お前は、」


彼が机に肘をついたせいで、シャーペンがその上をころころと転がる。


「お前は、何て呼ばれたいの?」


彼の声が、ふわりと舞い上がった。



(えっ、…?)


いきなり尋ねられたせいで、私の頭の中は真っ白。


今の流れなら普通、自分で私の呼び名を決めるところではないのだろうか。


それにもし、じゃあ沙羅で、なんて答えた暁にはきっと滝口君に鼻で笑われるだろうし、他の女子…特に福田さんからの仕打ちが目に浮かぶ。


けれど、私はそこまでして自分の身を危険に晒す行動はしない。


最初こそ驚いて目を見開いてしまったものの、普通に、名字とか…?、と、若干語尾を上げて答えると。


「ナンノ、って?」


私の名字をわざとらしく抑揚のない声で発音した彼は、輝く金髪をかき上げた。


「南野って“何の”みたいで無理。ミナミで良い?」


「ミナミ!?」


人の名字の意味を変えて遊ぶ男子はこれまでも見てきたけれど、私を“ミナミ”と呼んだ男子は初めて。



南野の南で、“ミナミ”。



初めて付けられたそのあだ名は、私の想像の斜め上をいくもので。


名字をアレンジして呼ばれるなんて初めてで何処かむず痒くて、でも、素直に嬉しい。


多分、福田さんが私の立場なら喜びのあまり泣き出すだろうな。
< 38 / 230 >

この作品をシェア

pagetop