あなたの落とした願いごと
「うん。最初にそこに行って良いの?」


「おう。こっから1番近いらしいから」


たった二言三言の他愛もない会話をしただけなのに、ふっと気がついた時にはもう、私の心に現れた真っ黒な物体は消え失せていた。



それから大体、十分程が経った頃だろうか。


「ごめーん2人共、まじでスライディング土下座かましちゃうよ俺」


「待たせちゃってごめん!最初何処行くんだっけ?」


ホームから改札までの道を猛スピードで駆け抜けてきたのか、額に汗の滲んだエナと空良君が一緒に現れた。


「遅せぇよお前ら」


滝口君の声はいつもと同じで一定の声色を保っているけれど、何処か刺々しさを含んでいるのが一瞬で分かった。


「本当にごめん、スマホ忘れたなんて未だに信じられない」


滝口君が全員に行き先を告げた直後、あれ程ごったがえしていた大量の生徒が居なくなった道を歩きながら、エナが沈んだ声で謝る。


「違うお前じゃない、俺が言ってんのはお前」


けれど、エナの言葉を遮った滝口君は立ち止まり、ビシッと空良君の顔を指さした。


「当日に1時間寝坊するなんて、頭のネジぶっ飛んでんじゃねーの?お前昨日何時まで起きてたんだよ」


自分の事を完全に棚に上げ、ルンルンと鼻歌を歌いながら歩みを進めていた空良君が、ギクリと固まる。


「えっ、それ聞いたら駄目じゃない?…まあ、3時までですけど」
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