あなたの落とした願いごと
特定の人を考えただけで嬉しい気持ちになって、少し胸が苦しくなって、でもやっぱり幸せになる。


苦痛の時間を共にしてくれた人、恐怖を和らげてくれた人にそういった感情を抱きやすくなる現象を何て言うんだっけ、”吊り橋効果”?


「ストップ!」


脳があらぬ方向に思考をシフトさせたのを感じた私は、たまらずに声をあげてそれを阻止する。


「何が”吊り橋効果”よ…。そんなわけないんだから、駄目駄目駄目駄目」


百歩譲って私が彼にそういう感情を抱いたと仮定して、もしそれを福田さんが知ったら、私はきっと学校から追放されてしまうだろう。


それに、そもそも私は、

好きになった人の顔を見る事すら叶わないせいで、相手に迷惑がられて失望させるだけの邪魔な存在なんだから。


(馬鹿、滝口君のあれは偶然なんだから。早く忘れないと)


人を好きになる前に、まずは自分の立場をわきまえなければ。


普通の一般庶民と、将来の道も開けている完璧人間が釣り合うのかは分からないけれど、そういった二人が結ばれるようなシンデレラストーリーは世の中に数多く存在している。


でも、こんな病気を抱えた人と雲の上に居るような人が結ばれるなんてお話、おとぎ話でも聞いたことがない。


この感情に名前をつけちゃ駄目だ、つけてしまったら最後、

私は、ますます自分の事を嫌いになってしまう。


「もうおしまい!この事は考えない!寝る!」


部屋には私しか居ないというのに、私はこれ以上余計なことを考えないようにわざと大声を上げ、毛布を頭まですっぽりと被った。



段々と意識が薄れていく中で私が最後まで感じていたのは、暗闇で尚動き続ける時計の針の音と、

私の頭を撫でてくれた、滝口君の優しい手の感触だった。


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