見たくないなら、目を瞑ればいい

 泊まって行く? という小泉さんのお誘いを丁重にお断りして帰路につく。
 なんだか、恋人という肩書きに怖気づいているような気がする。大学時代からずっと片想いをしていたし、ようやく恋人になれて嬉しいはずなのに。恋人だからこうしなくちゃいけない、恋人だからこう在らなくちゃいけない、恋人だからこうすべきではない、と。あれこれ考えてしまって、気が休まらない。
 こんなこと考えているなんて小泉さんに失礼だ、と。悪い思考を拭い去るように首を横に振った。


 足早に帰宅して、シャワーを浴びようとそのままバスルームに直行する、のとほぼ同時。バッグの中のスマートフォンが鳴った。慌ててバスタオルを巻いて電話を取る。相手はスポーツバーの店長だった。

「絵里ちゃん、悪いんだけどさあ」
 心底申し訳なさそうに、店長はこう切り出した。
「秋人がうちの店で酔い潰れててさあ、迎えに来てくれない?」

 しばしの沈黙。その沈黙の間、露出した肩がぶるっと震えた。

「……どうしてわたしが?」
「いやタクシー呼んで放り込んでも良かったんだけど、誰も秋人の家を知らないし、秋人もちゃんと住所を言えるか不明だし、秋人の友だちの連絡先も知らないし」
「まあ、確かに……」
「頼めるの、絵里ちゃんくらいしかいなくてさあ」

 そう言われてしまえば、もうわたしが行くしかない。他の友人たちの顔を思い浮かべてみても、この時間にあのスポーツバーまで迎えに行けそうな人は誰もいなかった。なにより、いつも店内での幼稚な口喧嘩を見せてしまっているのに、「仲良いなあ」と笑ってくれる店長に、これ以上迷惑をかけられない。
 とりあえず服を着よう。今日何度目かのため息をついた。


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