見たくないなら、目を瞑ればいい

 スポーツバーのいつものカウンター席に、秋人はいた。グラスを持ったまま突っ伏して、ぴくりとも動かない。その背中が驚くほど情けなくて、声をかけるのが躊躇われる。

 わたしに気付いた店長が「お迎え来たぞ」と秋人の肩をたたく。ううう、と唸って顔を上げたと思ったら途端に、持ったままだったグラスのカクテルをぐびりと飲み干した。
「迎えなんていらないっすよぉ……」
 ひっくとしゃっくりをしながら、店長に追加のギムレットを要求している。この状態でまだ飲む気か。

「ギムレットとジンライムのエンドレスリピートは無理がある。もう飲まないほうがいぞ」
「飲みたい気分なんです、店長も一緒に飲みましょうよぉ」
「いや、俺仕事中」
「いいからいいから、一緒にギムレット飲んでくださぁい」

 ため息が出る。お酒が好きなやつだとは承知している。酔うと泣き上戸になり、さらに酔うと絡み酒になることも、とっくの昔に知っている。けれど涙を通り越して人に絡み始めることは滅多にない。前回見た絡み酒は、入社してからとてもお世話になった大好きな先輩の送別会だった。海外に行くという先輩と当分会えなくなるという寂しさから、どんどんお酒が進んで絡み始めたのだ。
 けれど今日はひとりで、こんなになるまで飲んでいる。そうするしかなかった理由があったのだろう。


「てぇんちょおぉぉ、俺の話を聞いてくださいよお。あいつ……。あいつのせいで俺テンションだだ下がりなんですからぁ」
「ああ、うんうん」

 店長は困ったようにちらりとわたしを見て、座るように促す。秋人はまだわたしの存在に気付いていないようだから隣に座るわけにもいかず、空いていたすぐ後ろのテーブル席に腰を下ろした。
 店長が「ほら、ギムレット」と言ってカウンターに置いたグラスの中身は、恐らく水だ。けれど秋人は、それを水だと気付かず一気飲みするほど酔っているらしい。


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