S系御曹司は政略妻に絶え間なく愛を刻みたい~お見合い夫婦が極甘初夜を迎えるまで~
―――私は話そうと思った。
これまで誰にも話したことのないことを。
私は口を開く。
「高校生の時、私はある人に出会ったんです」
あの時。私は彼に会った。
今でも鮮明に思い出せる。
「私、その時、ピアノのコンクールに遅れそうで、すごく慌ててて。でも車が混雑してて……どうやっても時間内につけないと思ったんです。でも、電車の駅が近かったから、初めて電車に乗ることを決めて」
「は、初めて電車に? 高校生で?」
そう、普通の人なら驚くだろう。
でも、私にはそれが普通だった。それくらい、私の日常は、普通とはかけ離れていた。
「はい。しかも、1人。お金ももってなくて……。実際乗ったことないから全然意味も分からなくて。駅員さんもご老人の対応をしていてすぐに声をかけられなくて。……泣きそうになってたところに、仕事中のその男性と、女性のお二人に出会いました」
あの日、スーツを着たその男性と、同じようにスーツを着た女性。
二人が並んでいると、まるでテレビから抜け出て来たみたいにかっこよく見えた。
「そのお二人が、私に気づいて、話しを聞いてくれて……バカにしないで、『難しいよね。俺もそうだったんだ』とか言いながら、行き方とか詳しく教えてくれたんです。しかも交通費も貸してくれて」
「そっか」
「その時、連絡先聞いても教えてくれなくて、それから会えなくて……。でも、その時、その男性が持ってた書類に書いてあったのがうちの会社の名前だったんです。私はそれからずっとそのことを覚えてて……この会社受けたんです。まるでストーカーみたいですよね」
父と兄も働いているが、男女2人が並んでいるその姿は、私にとって特別で、とても鮮明に残ったのだ。
「……すごく憧れました。あんな人たちみたいになりたいって。人にとっては小さなことかもしれないあの日のあの出来事が、私にとってはとても意味があって大きなことだったんです」