The holiday romance
噂話
ユキは25歳で五明グループの次男に嫁いだ。

御曹司との結婚はもともと親に決められたお見合い結婚だったが、心優しい次男の人柄に惹かれて幸せになれると信じて結婚を決めた。

ユキは専業主婦だが、一週間のうち4日は習い事をしている。
月曜日は料理教室、火曜日は茶道、木曜日には乗馬、そして金曜日はフラワーアレンジメントの教室に通っていた。

今日は木曜日で乗馬をしにやってきたが
ロッカーで一緒に乗馬を習っている会員たちが噂話をしているのを偶然聞いてしまった。

「実はね、ユキさんのご主人が昨日麻布のレストランで噂の女性と親しげにお食事してるのを偶然見かけちゃったの。」

「え?」

「あれは…どうみても普通じゃない感じだったわ。」

「またそんなゴシップ広めないで。
ユキさんが知ったら傷つくわ。」

「あら、有名な話よ。
奥様はご存じないの?

五明家の次男は学生時代に大恋愛をしたんだけど親に反対されてユキさんと無理矢理お見合いさせられたのよ。

で、家のために仕方なくその女を囲う条件でユキさんと結婚したって噂なの。

だからその愛人のことはご両親も公認で
家族ぐるみでユキさんにひたすら隠してるのよ。

まぁ、私も本人に聞いた訳じゃないけど…
いくらなんでもユキさんももう結婚してかなりの年数だもの。
知らないワケないと思うわー。」

財閥にはいい加減な噂が飛び交う。

この前も長男の嫁が若い男と不倫してると噂されたが
それは事実ではなく、妬みから生まれたただの噂話だった。

しかしユキはロッカーの前で聞いたその話を知らないわけではない。

この噂を何度か聞いたことがあるからだ。

昔から夫は何か大きな秘密を抱えてるんじゃないかと思っていた。

でもそれに気付かない鈍感力を身につけるのも夫婦円満でいる術だと嫁ぐ前に母から言われている。
だから単なる噂だと自らに言い聞かせ
ユキは夫の真実を知ろうとしなかった。

それを知ったところで何の特も無いだからだ。

離婚なんて許されるはずもないし
このパンドラの箱を開けたら結婚生活は瞬く間に地獄に変わる。

ユキの家は五明グループと釣り合うくらいにそれなりに裕福で
幼い頃からこの結婚のために恋愛について厳しく言われて来た。

もちろん結婚するまで惹かれた相手が居なかったわけでは無いが
自分には決められた相手がいて、婚約者以外との将来を夢見ることは許されなかった。

そして25になった時に、親に言われるままこの五明家に嫁いできたのである。

五明家の両親はそんなユキを歓迎し、とても可愛がってくれているし、夫のハジメも優しくユキは今までこの結婚に特に不満もない。

唯一、2人の間に子供ができないことがユキにとってのプレッシャーだったが
次男の嫁ということもあるのか
不思議なくらいそれについて五明の両親から言われることはなかった。

ハジメとは結婚してから今まで
月に一度は必ずベッドを共にする。
それは子作りのためで、ユキはそれが普通だと思っていた。

sexとは子作りの為のものであって、カラダの
欲求や愛し合う行為としてしたことがなかった。

噂を聞き流したつもりだが
家に帰ってハジメの顔を見るとどうしても今日の話を思い出してしまう。

ハジメのネクタイを外し、
ピンストライプのスーツをクローゼットに仕舞いながらユキは不安混じりに聞いてみる。

「昨日、麻布のレストランに行った?
素敵な女性と一緒だったって噂になってるわ。」

もちろんハジメは涼しい顔で答える。

「あー、彼女なら仕事で食事に出かけただけだよ。
しかも2人きりじゃない。
他にもう1人男性がいたはずだけど…
全くいい加減な事を吹き込む人も居るんだなぁ。」

ユキは夫の言い訳にいつも違和感を感じる。

少しも動揺してないハジメを見ると逆に怖くなるのだ。

これが嘘だったらこの人は相当な嘘つきだと。

「今日はユキの部屋に行く日だね。」

「はい。準備しておきますね。」

いつもそうだった。

ハジメはいつも冷静で機械みたいにユキを抱く。

もっと触れて欲しい場所があるとか、もっと続けて欲しいとかそんなことを思うことはあってもユキはそれを口にできない。

ハジメのペースで始まってハジメのペースで終わる。

そして終わった後は必ず愛してるって嘘を耳元で囁くのだ。

それがかえってユキを不安にさせていることをハジメは気づいてなかった。

ユキは思った。
自分には考える時間がありすぎるのだ。

せめて子供でも居たらこんなつまらない不安など吹き飛んでしまうのに。

ユキはずっと子供を望んでいた。

先日も産婦人科に行ってみたが、自分の身体には何の異常もない。

なのにもう8年も出来ないのだ。

夫にも検査に行くように話してはみたが
いつも忙しいと断られる。

結婚前の健康診断で何の心配もなかったし、
ユキも強く言うことは出来なかった。

不安な気持ちのまま、
次の日曜には夫婦でハジメの友人たちとゴルフに出かけることになった。

そこでユキは衝撃を受けることになる。








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