楽園 ~きみのいる場所~



 楽の元へ行くのは、全てきれいに片付けてからにしようと決めた。

 全てを捨てて、この身一つで行こうと。



 そしたら、二度と離れない――。



 その為に俺がすべきことは、三つ。

 萌花。

 明堂貿易。

 明堂家。

 最初の一つ、萌花の問題は考える間もなく対処に追われた。

「一体どうなっているの!!?」

 静かな病院に響く金切り声。

 いくら他病院に比べて防音がきいている部屋だとしても、これだけの高音で叫ばれたらさすがに漏れる。

 しかも、部屋に入って来るなりで、まだドアが半分開いていた。

 何事かと駆け付けた看護師に気づいたにもかかわらず、萌花の父親は無言でピシャリとドアを閉めた。

「死産てどういうこと! つい二、三日前までは問題がなかったじゃない!!」

 萌花の母親が俺に詰め寄る。

 娘の一大事を知らされたにも関わらず、完璧なメイクに、病院には似つかわしくない真っ黒なドレス姿。

 萌花の両親には昨夜のうちに連絡をしたが、二人揃って雲の上だと聞き、家政婦に緊急の用件だからすぐに折り返すようにとだけ言づけた。

 で、折り返してきたのが十八時間後。

 更に、萌花が入院していると知って駆け付けたのが二時間後。

 パーティーにでも行く予定があったのだろう。萌花の母親はテカテカしたロングドレス、父親はネクタイこそしていないが真っ黒なタキシード姿。

「子供が亡くなっているとわかったのは昨日ですが、二日前には動かなくなっていたようです。原因は医師もわからないそうですが、まれに起こることだと――」

「――原因なんかわかりきっているわ! 悠久さん、あなたが萌花を放って愛人に入れ込んでいるからでしょう! 妊娠中にこんなストレスを与えられたら、誰だってこうなるわよ!」

「お言葉ですが――」

「――しかも! よりにもよって妻の姉とだなんて! 汚らわしい!」

 俺自身にぶつけられた言葉だが、萌花がどんな顔をしているのかと気になって目を向けた。

 親が来るまで、母親そっくりのメデューサのような醜悪な表情と執念さで離婚を取り消せだの、財産を寄こせなどと喚いていたのが嘘のように、瞳を潤ませて胸の前で両手を擦り合わせている。

 女優にでもなったらいいと思うが、モデルとしても中途半端に終わった彼女には無理なのだろう。

 俺はわざと大袈裟にため息をついた。

 俺以外の三人の視線に串刺しにされる。

 だが、そんなものは少しも怖くない。

「なんですか、その態度は! 大体、萌花のような妻を持ちながら、あんな冴えない女に惑わされるなんて、事故で目も頭もおかしくなったとしか思えないわ。精密検査を受けなさいな。明堂貿易を背負うに相応しい――」

「――明堂貿易は継ぎません」

 俺の言葉にいち早く反応したのは、萌花の父親だった。

「なんだと?!」

「それ以前に、万が一に俺が継ぐとしても、萌花にはなんの関係もない」
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