楽園 ~きみのいる場所~
「大ありでしょう! 社長夫人になるのよ!? まさか、萌花と別れてあの女と結婚したいだなんて言わないでしょうね! 認めませんよ!!」

「あなた方に認めてもらう必要はありませんし、既に萌花との離婚は成立しています」

「――っ!」

 興奮のあまり、すぐ間近に迫って来ていた萌花の母親が息を飲む音が聞こえた。

「昨日、届を提出しました。もちろん、萌花も同意の上での離婚です」

「嘘を言わないで! 萌花がどうして離婚に同意なんてするの! 子供も生まれるっていう時に!! まさか、離婚を迫られての死産じゃないでしょうね!? そうなの? 萌花!」

 母親の問いに、娘は唇を噛む。

 上目遣いで俺を見るその目は、何も言うなと訴えているように感じたが、俺はそれを気のせいだと流した。

 黙って俺や楽への暴言を受け止める筋合いなど、ない。

「萌花は俺と別れて俺の兄と再婚するつもりで、離婚に同意したんです」

「あ……に? 何を言って――」

「――二番目の兄の要です。萌花は長いこと、要と関係を持っていました。それこそ、俺が事故に遭う前から。その証拠に――」

「――やめて!」

 萌花がベッドの上にあった枕を投げつける。

 残念ながら俺には届かずに足元に転がったが。

「亡くなった萌花の子供は、要の子でした」

「やめて! 嘘よ!! そうやって、私を陥れて無理矢理離婚届を書かせたのよ!」

 もう一つ、枕を投げた。

 それは、俺の膝にかすった。

「子供は悠久に殺されたのよ! 私に黙ってDNA検査をしたのよ!? その検査のせいで子供は死んだの! その上、医者に金を渡して、でたらめな検査結果を書かせて!」

「じゃあ、もう一度検査をするか」

「はっ!? 子供はもういないじゃ――」

「――初孫の顔が見たいんじゃないかと思ったんですが――」

「――死んだ子を見ろって言うの!? なんて残酷な――」

「――残酷? 残酷なのはあなた方でしょう! 萌花もあなた方も! 生まれた子供がどうなったかを聞きもしない!! 萌花と同じように子供を亡くした人の中には、抱きしめて離さない人も、準備していた服を着せて欲しいと言う人も、手や足の形を残す人もいると聞きました。実際、聞かれましたよ。でも、俺には答えようがなかった。俺の子ではないですからね。それでも! 顔を見れば胸が痛んだし、可哀想だとも思った。血の繋がりがない俺でも、です! それなのに、あんたたちはっ――!!」

 驚くほど興奮し、怒りでまくし立てていた。

 楽がこの場にいたら、なんて言うだろう。

 なにも言わないかもしれない。

 なにも言わず、子供が可哀想だと泣いただろう。
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