楽園 ~きみのいる場所~
「悠久くん。さっき明堂貿易を継がないと言ったな?」

「はい」

「では、誰が継ぐ?」

「さあ、誰でしょう? 兄の央が戻るかもしれませんが、今は何も確かではありません」

「では、要くんの所在が掴めないというのは?」

「継母は要を後継者にと望んでいましたが、本人にその意思はないようです。萌花も要と結婚すれば社長夫人になれると唆されて俺との離婚に同意したようですが」

「そ、そうよ! 騙されたのよ! 私は被害者じゃない!」

「黙れ! なんて馬鹿な真似をしたんだ!! 社長夫人なんて夢を見ずに、悠久くんと一緒にいれば間違いなかったものを!」

 父親の怒声に萌花は身体を強張らせ、母親と身を寄せる。

「悠久くん、娘が大変申し訳ないことをした」と、萌花の父親は俺に頭を下げた。

 さすがに、ギョッとした。

「パパ! やめて――」

「――どうか萌花を許してやってはくれないだろうか。二度ときみを裏切ることのないよう、教育をする。明堂貿易の創業者一族の一員としての自覚を――」

「――許せません。それに、俺は明堂の家を出るつもりです。明堂の名を捨て、楽と二人で生きていきます」

 昨日まで義父だった男が拳を握った。

 ゆっくりと頭を上げる。

「きみは優秀だ。むざむざ明堂貿易の社長の椅子を捨てる必要はないだろう。そんなに楽が欲しければ、愛人としてそばに置けばいい。萌花に文句は言わせない。だから――」

「――お断りします! 俺は楽を愛人になどしない。妻にします」

「許さん! 萌花を捨てて楽を選ぶなど、絶対に許さないからな!」

「許しなど求めていません。それに、楽の存在がなくとも萌花とはもう無理です。よりにもよって夫の兄と関係を持つなんて汚らわしいので」

 萌花の母親がギリッと歯を噛む。

 さぞ、悔しいだろう。

 自分の言葉で可愛い娘を蔑んだのだから。

「まだご不満があるようでしたら、弁護士を通してください。では」

 背中に太い注射針並みの鋭い視線を浴びながら、俺はドアに手をかけた。

「待ちなさい! 話はまだ――」

 バタンッとドアが閉まる。



 へぇ、結構防音効いてんだ。



 そんなことを思った。
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