三羽雀
 「君は義雄君の遣いか……彼とはどんな関係だ」
 (この質問、来たわね……!)
 心の内で密かに笑みを浮かべた幸枝であったが、決してその表情は見せず伏目がちに答える。
 「恋人……でしょうか。()の方は私が唯一人お慕い申し上げる方です」
 「そうか、女を遣るとは彼も突飛なことを考えたな」
 幸枝は下を向いたままめらめらと湧き上がる気持を抑えている。
 (何よ、その明らかに下に見た口調は……許せない、許せないわ。何とかしてお兄さまを立てるのよ)
 「義雄様は私を信頼していると仰って今回の御用をお任せしてくだすったのです。出来るだけ早く伝えたかったそうですけれども、電話や郵便も出来ず、今は御気分が優れずに此方へ出向くことも難しいと……ですから、託けがございましたら私にお申し付けください。絶対に口外は致しませんわ」
 「本当だな」
 尾田は幸枝に人差し指を向けて、そう言った。
 「ええ、義雄様に誓って」
 (一介の軍人がこんなにも偉そうにしているのは本当に気に食わないわ。お兄さまのことを下に見ている発言も、私に対して(おご)るところも……今からでもぎゃふんとするようなことを言ってやりたいわ。早くこれを終わらせてこの場を立ち去るほか無いわね)
 再び書状を開いた尾田は、それを読み返しながら話し始める。
 「『仕事場所』を今の若松台から青山に変更したいとのことだが……それがだな、僕が先日義雄君に伝え忘れていたようだ。この学校は来月にも小平へ移転し、僕らも其処へ移る。詳細は代表から義雄君に伝えられるとは思うが、次回からは義雄君の希望通り青山の陸大に来てもらうことになるよ」
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