三羽雀
「運が良かっただけよ……家は数代前に一度没落しかけたと聞くわ。それからお祖父様とお父様が今の会社を作って、今はこうして伊坂の名を世間に知らしめているわけだけれど、何処かで一つでも違うことが起きていれば、私は今こうしてはいないでしょうね」
幸枝が生まれる少し前、旧華族であった伊坂家は直系ながらも生活に苦しんだ経緯があるようだ。
「それに名門とは言うけれど、仕事をして、定時になったら浅草へ行って……その繰り返しよ。数年前迄は華やかな場に出ることも多かったけれど、最近は全く。私も一介の職業婦人に変わり無いわ」
清士は態勢を変えることなく、幸枝の瞳を見つめている。
その視線に気がついた幸枝は手の甲を頬に当てた。
「……何か付いているかしら」
「君も、君自身を冷静に考えるべきだよ。君は華やかで何処へ行っても人気者で顔も広い。教養があって、僕を笑わせてくれる。身のこなしが良く、それでいながら仕事にまじめに励む……何より初めて君を見た時、僕は君のその目線に動揺した。僕の心の向こう側さえ見えているような鋭さがあると思えば、何処か別のところを向いていたり、目の端が笑っていたり。僕からすると君の方がたくさんの物を授けられているように見えるよ」
幸枝は頬をポッと紅くしている。
「まあ……」
「何だかこういったことを話すと、照れてしまうなあ……しかし、これも君の才能だよ。僕は本来内向的な人間だが、そんな僕がこんなに話している。これは君のおかげだ」
二人の間に再び沈黙が流れる。
「……今日はこれからどうするんだい」
二杯のコーヒーカップはすでに空になっている。
「どうしようかしら……今日は、家に帰ろうかしらね」
幸枝の心はいつになく満たされていた。
幸枝が生まれる少し前、旧華族であった伊坂家は直系ながらも生活に苦しんだ経緯があるようだ。
「それに名門とは言うけれど、仕事をして、定時になったら浅草へ行って……その繰り返しよ。数年前迄は華やかな場に出ることも多かったけれど、最近は全く。私も一介の職業婦人に変わり無いわ」
清士は態勢を変えることなく、幸枝の瞳を見つめている。
その視線に気がついた幸枝は手の甲を頬に当てた。
「……何か付いているかしら」
「君も、君自身を冷静に考えるべきだよ。君は華やかで何処へ行っても人気者で顔も広い。教養があって、僕を笑わせてくれる。身のこなしが良く、それでいながら仕事にまじめに励む……何より初めて君を見た時、僕は君のその目線に動揺した。僕の心の向こう側さえ見えているような鋭さがあると思えば、何処か別のところを向いていたり、目の端が笑っていたり。僕からすると君の方がたくさんの物を授けられているように見えるよ」
幸枝は頬をポッと紅くしている。
「まあ……」
「何だかこういったことを話すと、照れてしまうなあ……しかし、これも君の才能だよ。僕は本来内向的な人間だが、そんな僕がこんなに話している。これは君のおかげだ」
二人の間に再び沈黙が流れる。
「……今日はこれからどうするんだい」
二杯のコーヒーカップはすでに空になっている。
「どうしようかしら……今日は、家に帰ろうかしらね」
幸枝の心はいつになく満たされていた。