三羽雀
 婦人会の名前の書かれた襷を掛けたもんぺ姿の婦人達は、幸枝の服装をまじまじと見て何やらひそひそと話している。
 「頭からつま先迄敵国の格好だなんて、恥ずかしくないのかしらねえ」
 「総力戦だというのに。こういう方はね、戦うつもりなんて一切無いのよ。無情よねえ」
 「まあ酷いわねえ」
 (その「敵国」の方が経済でも軍事でも優れているのよ……だからこんな風にせめて服装だけでも近づこうとしているんじゃないの。第一これは婦人標準服であって……新たに仕立てたものだけれど、形式は守っているわよ。戦うつもりが有るも無いも、仕事で世間の奥様方の何倍もこの国の役に立っていると思うのは私だけかしらね……ああ、もう自分の正体を明かして一泡吹かせてやりたい気分だわ、言われ放題では(らち)が開かないもの)
 幸枝が心の中で反論し続ける間も、敢えて聞こえるように話しているのか、一部の言葉だけを声高に口にしながら通り過ぎていく婦人達であったが、突如としてその声色が変わる。
 「お勤めお疲れ様です」
 「大変でしょう、色々と」
 数秒前との雰囲気の差に驚いた幸枝も、気づかれぬように顔だけを左の方に向けた。
 (海軍士官ね……あんなに明るい表情、私の目の前を通り過ぎる迄見なかったわよ。ほら、士官の方も困っているじゃないの。私が言うことでもないけれど、女という生き物は本当に怖いわね)
 暫く海軍士官と婦人達を見ていた幸枝であったが、その士官が小走りで自分の方へやって来るのを見てハッとした。
 (今、何時かしら……あら、もしかしてこの方が……)
 「遅くなり申し訳ありません」
< 117 / 321 >

この作品をシェア

pagetop