三羽雀
 外套(がいとう)を羽織っていても分かるその頑丈な体つきの士官は軍帽を取り会釈をした。
 それまで軍帽に隠れていた眼はやや切長で、薄い唇と無駄のない骨格を持つすっきりとした顔立ちである。
 七三に分けポマードで固めた髪型は軍服には(いささ)か不似合いにも、スーツのほうがよく映えるようにも見える。
 (図体の割に誠実で謙虚そうな方ね、このお仕事の中では初めて出会う種類の人間だわ)
 「道草していた訳では無いんだ、(むし)ろ五分ほど早く着く予定だったのですが……言い訳がましいかもしれませんが、最近、道端で声を掛けられることが増えまして」
 軍人は通り過ぎた婦人達の方を見ている。
 一方の幸枝も同じ方向を見ながら頷く。
 「ええ、ご説明いただかずとも承知しております。一部始終を見ていましたから」
 「はあ、やはり見られていましたか」
 軍人は疲れたような声を(こぼ)した。
 「申し遅れましたが……私は海軍中尉、長津正博(ながつまさひろ)です」
 幸枝は長津が差し出した手に指先を当てる。
「どうも、伊坂工業の伊坂幸枝です。こうして握手を交わしているということは……貴方が今日の『担当者』のかたでしょうか」
「その通りです。寒い中待たせてしまったし、何処か喫茶店にでも行きましょう」
長津は幸枝を道に促すように歩かせ、その隣に並ぶ。
(堂々としていながらも、決して(おご)らず謙虚な態度……こういう方に来て欲しかったのよね。あの主計中佐も分かっているじゃない)
 幸枝は揚々と歩く長津の進取の気性に満ちた顔を見つめている。
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