三羽雀
 雨傘をしっかりと持ち直した長津は、幸枝を真っ直ぐに見つめて言った。
 「伊坂さん、この際なので申し上げますが……これから話す内容は絶対に口外しないと約束して下さい」
 「……ええ、約束しますわ」
 長津が次に発した一言を聴いた幸枝は、身体が無条件に硬直した。
 「大本営発表は、正確な発表ではありません」
 カッと開いた目に冷えた柔らかな風が当たる。
 (……どういうことなの?)
 長津はそんな幸枝の様子を見て、やはり驚かせたかと感じている。
 (誰かが見ている……)
 幸枝は何も言わずただその場に立つばかりであったが、背後からの視線に気がついた長津は、
 「雨も止んだようですし、少し歩きましょう」
 と傘を閉じて幸枝に付き添い駅の方角へと向かうことにした。
 (早くこの場を離れなければ)
 背後の軍人会館からは複数人の軍人がぞろぞろと出てきている。
 雲間から漏れた日光が水溜まりを輝かせているが、幸枝の眼にその光は映らない。
 「驚かせてしまい、申し訳ありません。これには技術的問題が多分に関係するのですが、どうやら現地からの情報も曖昧なものが多いようで」
 「……いえ、その……私も、数週間前から疑問を抱いていたのです。弊社は工廠や財閥に次ぐ立場でありながらも注文量が非常に多く、被害と比較しても明らかに数字が合いませんので。それには気が付いていましたが、あれよりも被害が多いということは戦死された方も……」
 幸枝の足が止まる。足元には大きな水溜まりができていた。
 長津もその場で立ち止まり、ぽつりと呟き出す。それは、心の奥底に溜め込んでいた何かが漏れるように流れ、会話を紡いでいるようにも聴こえる。
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