三羽雀
 「実際は戦果も芳しくありません。もとより、今度の戦争は無謀なものです。伊坂さんもご存知ではあるかも知れませんが、我が国と米国では何を取っても規模が違います。例えば米国の工業力は我が国の二百倍、経済も、戦力も、全て米国が優っています」
 「……」
 「伊坂さんは、では何故戦争を、とお考えでしょう。少なくとも我々海軍士官は初めからこの戦争の勝機は薄いと認めています、陸軍や政界も同じ意見の筈です。しかし、この帝国を守るには戦争をするほかありません。我が国は既に大陸で五年間続く戦闘により度重なる経済制裁を受けており、これを打破するにはまた戦うしかなく──これ以外に方法がないのです。そして此度の戦争でも早いうちに米英軍を挫くことが求められましたが、どうです、勝率は限りなく無いに等しいでしょう」
 幸枝は黙りこくって水溜まりに映る自分の顔を見ている。
 「戦争で作った損害を戦争で取り戻そうとする……皮肉な話ですね、本当に」
 冷淡な調子で話した長津を見上げた幸枝は、
 「長津さん。何故それを分かっていてもこの国は戦い続けることを選んでいるのですか、膨大な損失が積み重なるばかりではありませんか!」
 と訴える。その目には涙が浮かび上がっていた。
 「私も一介の軍人に過ぎません、上からの命令に従うしかないのです」
 「それでも貴方は、貴方は帝国海軍の軍人でしょう!」
 幸枝は長津の腕を掴み揺さぶったが、彼はその手を優しく取り払う。
 「伊坂さん、狂った歯車はもう誰にも止められません。壊れていても、噛み合わなくとも回り続けるだけです」
 幸枝は顔を覆った。
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