三羽雀
 「初めに提供いただいた情報と二度の取引を経て理解しましたが、伊坂幸枝は確かに工業の範疇(はんちゅう)に留まらず、財界や社交界でもよく知られる人物です。街角に立っているだけで十分に目立ちますし、存在感の大きい人物であるからこそ、今後再び警察や陸軍の目に付くことが無いとは限りません。私がこの身を持って彼女を警護いたします、絶対に危険な事態に至ることはありません」
 尉官の冷徹な声が耳に響く。
 「絶対など有るものか、その過剰な自信はどうして得た」
 しかし成程この尉官の言うことはそっくりそのまま自身が口にした言葉である。
 これまで一度きりの仕事を受け持った全員に対して毎度懇切丁寧に説明した。
 伊坂幸枝は紛れもない令嬢であり、目立つ人間であり、素直な娘であると。
 失礼のないように、危険に巻き込まぬようにと釘を刺してきた。
 自称するには気が引けるが、やはり誰もが「軍人風情」なのである。自分勝手な言動や振る舞い、それは主導ではなく身勝手に過ぎない。
 この人間は身勝手と主導の線引きが出来ている……いや、主導ではなく協調の姿勢を取っていると表現すべきか。
 長津は数秒の間を置いて答えた。
 「学生時代から帝国海軍の中尉を務める今日に至る迄の学問、教養、技術、肉体、精神──全てに於ける鍛錬の成果です」
 その目には確かに鋭気が宿っていた。模範解答的な言葉ではあるが、その真意が伴っている。
 この件を遂行するにあたっては上辺での信頼のみが必要であり深いところの信頼は不要であると信じていたが、それは真理ではなかったようだ。
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