三羽雀
 二十四時間を軍の施設で過ごす長津にとっては、一般的な企業を訪れるだけでも非日常的な体験に感じられた。
 四人も入れば窮屈になりそうな小部屋の向こう側からは、時折足音が聞こえる。
 部屋を見渡していた長津は、思い出したように手に持っていた封筒を差し出した。
 封筒を渡して一歩引いた長津と幸枝の間には、少し広い隙間ができる。
 「どうも」
 幸枝は早速封筒を開けて注文書を見た。
 (さして多くはないわね。つまり、戦局も……?)
 「……今回は前回のように膨大な量ではないのですね、安心しました」
 長津は示しが付かないというような表情をしている。
 「伊坂さん、ミッドウエーの件はご存知ですね」
 「ええ、新聞やラジオでの発表は存じ上げていますが」
 自らの背後に手を回した長津は、
 「此処だけの話ですが」
 と切り出した。
 「私の周囲で、実は視認できなかったものや可能性は低いが無きにしも非ずというものを含めると被害は大本営の発表以上に大きいのではないかという話が幾らか聞かれていまして。さらには数字があべこべになっているのではないかという噂さえ聞くのです」
 幸枝は何も言わなかった。
 「つまるところ、やはり今回も信用ならぬ情報なのですよ、大本営発表は。不正確であるどころか意図的に操作したのではないかと疑う者迄居ます」
 注文書を封筒に仕舞った幸枝の表情は固まっている。
 「では、この数日で大変な損害が出た可能性も……」
 「否定はできません。現場を見ていない我々にも事実は分からない」
 「不安になりますね」
 長津は俯いた幸枝の肩に手を乗せた。
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