三羽雀
 「ありがとう、清士兄さん……私、もう帰るわ」
 「そうかい、送っていこうか?」
 春子は清士からの突然の提案に目を丸くした。
 「えっ、いいの?」
 「折角こうやって会ったわけだし、何か大事があっても良くないからね」
 「じゃあ……お願い」
 春子の頬は紅く染まっていた。
 二人は横並びに大学の前を通ってゆく。
 「それにしても、春子ちゃんも立派になったね。この間まで小さな可愛らしい女の子だったのに、今はすっかり。驚いたよ」 「ええ、清士兄さんも……」
 春子は、清士の言葉の真意が分からなかった。確かに女学校から女子大学校に進学して洗練されたところはあるかもしれないが、それよりも通行人との口論を見られてしまったのである、これまでの淑やかな印象が崩れて唖然としているのではないかと考えた。
 「今は確か、女子大学校だね」
 「うん、家政を……。清士兄さんは?勉学には励んでいらっしゃる?」
 清士はどこか困ったような顔をした。彼は春子には近況は伝えていなかったのだ。一方の春子は、父から清士についての話を聞いており、その父もまた清士の父から聞いたのであった。
 「ぼちぼちだよ」
 それから二人は女学校でのこと、高等学校や大学のことを話しながら松原家まで歩いた。
 「清士兄さん、折角だから少しお上がりになったらどう?」
 「いやあ、僕ももう帰らなければ」
 「まあ、いいじゃない。少しだけ」
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