三羽雀
 「全く大本営は何をやっとるんだ。成果と被害の確認も不明瞭で、やはりどうやら数字も書き換えているらしい」
 静かな怒りを露わにする主計中佐を前にしても、長津はただその様子を眺めているのみである。
 「本当にこれだけの注文が必要なのですか。何度も申し上げますが、先方は我が軍や財閥とは違い下町の町工場を幾つも束ねて操業しています。先方も工場を増設し動員する工員も増やしたようですが、生産性は期待できません」
 「生産性も何も、艦船が足りん。ミッドウエーから昨日迄で航空母艦の喪失五隻、他の戦艦でも中破や小破は数えるに至らず」
 長津は主計中佐の話にどこか違和感を覚えていた。
 「第二段作戦も駄目になった」
 主計中佐は左手にあった注文票を握り潰す。
 やや荒い息とグシャリと平面の捻じ曲がる音が響くこの部屋で、暫く言葉を発さなかった長津が漸く口を開いた。
 「航空母艦の喪失は四隻では」
 パッと顔を上げた主計中佐は、即座にその表情を翳らせた。
 「龍驤(りゅうじょう)だ、所詮大破も喪失もほぼ同義だが」
 窓から差し込む真夏の太陽に燦々(さんさん)と照らされた中年の顔の半分に、薄黒い影が落ちる。
 「他とも交渉するほかないな、一旦伊坂工業には前回と同じ発注を出そう」
 主計中佐は手に取った鉛筆を使い、ものの五分で書き上げた注文票を長津に手渡した。
 「これをあの()に」
 そして今この場で幸枝がその注文を見るに至る。
 「本来はこれよりも圧倒的に多い量でしたが、あまりにも無謀な数量だったので交渉しました」
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