三羽雀
 「弊社も生産力を上げようと努力しています、この量であれば納品にも間に合いそうです」
 長津は深々と頭を下げた。
 「毎度無理ばかり申し上げて申し訳ありません。我々が巻き込んでいるのに関わらず、毎回快諾していただいて本当に頭が上がらないです」
 慌てた様子で書類を手元に置いた幸枝はそれを軽く否定する。
 「いいえ、私のほうこそ長津さんとご一緒にお仕事をさせていただいているからこそ、快くお取引ができておりますから……長津さんにはとても感謝していますよ」
 幸枝は優しい笑みを見せる一方、長津の表情には僅かに明るみが蘇っていた。
 茶屋の暖簾(のれん)(くぐ)った二人は、その場で向き合った。
 「今夜、一緒に夕食でもいかがです」
 固い表情の長津は幸枝に問う。
 「今日もお仕事がありますから」
 封筒の入った鞄を指差した幸枝を見た長津は、
 「つい先程それを託したばかりでしたね」
 と袖の端を引っ張って伸ばしながら一瞥した。
 「長津さんもまだ勤務中でしょう?」
 長津は答えなかった。
 「では、また今度」
 彼は軍帽を深く被ってそそくさと歩いて行く。
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