三羽雀
 長津正博という人物そのものに関する事柄である。
 長津は軍と伊坂工業の関係性を対等に近づけたものの、肝心の本人についての話を一切開示していない。一応海軍であることだけは明白であるが、その所属すら分からないままなのである。
 「もう時間が無いのは分かっているだろう」
 「これ以上下手をすればいよいよ我々の面目が立たなくなるぞ」
 二人の背広姿の人物のうちパナマを目深(まぶか)に被った背の高い方は、ぼろの男とは若干の距離を持って立っているようであったが、その表情は冷酷なものであった。
 「水泡に帰すようなことは寸分たりとも許されない。特務の自覚を持ってくれ」
 ぼろの男は両隣の人間に深々と頭を下げると、がやがやとした喧騒の中へと走っていった。
 幸枝は彼の行方を目で追う。
 (あの小屋の中は……恐らく賭場(とば)よね。あんな風に隠れてやっているということは何か違法なものでも賭けているのかしら。あの男性は背広の二人に唆されてあの中に入っていったようだけれど……)
 もはや彼女には身を隠そうという思考は持てず、向かいで繰り広げられる出来事に釘付けになっていた。
 喧騒の中へ消えたぼろの男の姿は見えなくなり、幸枝は遠いところに視線を動かしていたが、突如として背広の男が一人、こちらへずかずかと歩いてきた。
 「おい、今の何処迄見た」
 男の太い人差し指が幸枝の喉元に当たる。
 背の高い男の隣に立っていた筈のその人物は、目の前で見てみると縦にも横にも大きく見えた。
 「見たか見ていないか。さっさと吐け!」
 語気を強める男に対して、幸枝はきゅっと身体を竦めた。
 (怖い……!)
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