三羽雀
 「俺も手荒な真似はしたくないが……」
 細目で見た男の手元は茶色の背広のポケットを探っている。
 通路を荒っぽく通り抜けていった自動車の音で男の話の後半は聞こえなかったが、
 「よせ」
 と冷たく言い放つ声が聞こえたかと思うと、
 「何だよ、確実に見られたんだから始末する他ないだろう」
 「よせと言っている、聞こえなかったか。離れていろ」
 と二人の男の口論じみた会話が始まった。
 幸枝がほんの少しだけ目を開けると、自身の目の前にいた男は追いやられていて、代わりに向こう側にいたはずの男がその場に来ている。背の高い男の顔は見えなかったが、相手も目下の少女の様子に気がついていないのかもう一人の男と会話を続ける。
 「貴様がやれ」
 背の低いほうの男はさらさらとした音のする小さい封筒のような紙袋を差し出した。
 「早まるな、それは最終手段だ。使用法を誤れば大事になりかねない」
 「ああ、それくらい承知だ」
 「それならどうして危険な手を取ろうとする」
 「煩わしいんだ。こんな女、間違い無く言って回るじゃあないか。消せばそれで済む話だ」
 茶色のスーツの男は少女を指差して言ったが、それに激昂したのは背の高い方である。
 「聞き捨てならない、ふざけたことを抜かすな!」
 背の高い方の男はもう一人の男に詰め寄り、胸倉を掴んだ。
 その人は見下ろした相手に何かを言い捨てたようであったが、その内容は幸枝の耳にまでは届いていない。
 態とらしく舌打ちをした背の低い方の男は向こう側の小屋に入っていった。
 彼が入口の幕を捲ると、その隙間からは騒ぐような声が漏れ出す。
< 166 / 321 >

この作品をシェア

pagetop