三羽雀
 「御迷惑をお掛けしました」
 男は帽子を被ったまま頭を軽く下げた。
 幸枝は未だ内心恐れを抱いているが、平静を装って、
 「あのようなことをしておきながら、お帽子もお取りにならないとは。無礼にも程があるのではなくて?」
 と突き返した。
 (お願いだから、私の知っている長津さんでありませんように……!)
 「勘付かれましたね」
 あっさりとした表情で目前に立つ人物は、幸枝の意に反しながらもその人に違いなかった。
 「どういうことですか、これは」
 幸枝は震える声で尋ねるが、長津は至って冷静である。
 「明日にでも説明させて下さい」
 彼の真面目な顔を前にすると、幸枝もとうとう噛み付くことは出来ず、
 「明日の午後五時半に、本社にてお待ちしております」
 と呟いてその場を早足で立ち去った。
 「お送りします……よ」
 長津はその小さくなった後ろ姿を見送るほか無かった。
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