三羽雀
 長津の言った通り、話の方向がまったく転換したので一瞬驚いた幸枝であったが、そういえば誕生日の夕食に年代物のワインを飲んで美味しいと感じたのを思い出したので、
 「ええ」
 と頷くと、長津の声はやや弾み、道路の流れがゆったりとしてくると、
 「今夜は美味しいワインが飲めますよ」
 と幸枝の手を握って大通りを渡り始めた。
 大通りから少し歩いて着いたのは、誰もが知る老舗料亭である。
 「長津さん、そんな……」
 想像もしなかった厳かな構えに足が竦みそうになっていた。
 (「夕食でも」なんてたわいない誘いをしておきながら、こんなところに来るとは……一体何時から「そのつもり」だったのかしら)
 予め仕込まれていた夕食に際し、幸枝を門の先へと促す長津のあまりの周到さに驚きながらも、静々と歩みを進めた。
 「お待ちしておりました。さ、どうぞ」
 女将に案内され入った、やや奥まった場所にある小部屋からは、小窓から僅かに庭園が見える程度で、向かい合って座った二人は特に何を話す訳でもなく、一度部屋を出た女将の戻ってくるのを待つばかりである。
 暫くして戻った女将の手には一瓶の白ワインがあった。
 「赤と白と頂きましたけれど、今日は鯛がありますからこちらでよろしいでしょうかね」
 「ああ、鯛ですか。それなら白が良いですね」
 和室の仄かな灯りでも底抜けに明るい二杯の細長いグラスに、淡い黄金色が満ちてゆく。
 「折角美味しいワインを頂きましたし、丁度新鮮な物が入りましたので特別に……」
 部屋いっぱいに華やかな香りが広がる。
 最初の料理が揃ったところで、女将は長津に尋ねた。
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