三羽雀
 「芸者は何方をお呼びいたしましょうか」
 「いや、今日はよしてください。玉代はそのまま誰かに渡していただければ結構です」
 あっさりと断る海軍士官を前に、女将は困ったような表情を見せ、
 「しかしお支払いいただいている以上は、せめて一曲だけでも聴いて下さらなければ……此方も立場というものがありますから」
 といかにも断らざるを得ない雰囲気が出来上がった。
 長津も寄り切られたような仕方ないという表情で、
 「では誰でも良いので二人呼んでください、踊と酌を一度ずつお願いしよう」
 と言って、女将も頷いて部屋を後にした。
 両隣の部屋に客が居ないのか、再び辺りは静まり返っている。落ち着きのある声で閑談が始まった。
 「私はあまり芸者の好きなたちではないのですが。どうも、あのいやに媚びてくるのが良くない」
 「はあ」
 料亭で芸者が居ても愛想を振り撒かれさえしない女の身からすると、その「良くない」というのも些か僻みに聴こえた。
 「あの、ワインというのは……?てっきり洋食をいただくものかと思いましたが」
 一口飲んだ白ワインは、丸みを帯びた飲み口に反して、きりりと喉元を過ぎてゆく。
 「和食との組合せも試してみると意外に良いものですよ。実は山梨のほうに別荘がありまして、其処から少し歩いたところに知人のやっているワインの醸造所があるんです。此処の女将がワインを飲むと云うんで、先日赤と白と二本ずつ持って行って、これに合わせて料理を出してくれと頼んでおきました」
 「はあ、そうでしたか」
 確かにあえて薄く味付けたと思われる小鉢と白ワインは驚くほどに互いに良い影響を与えている。
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