三羽雀
 「それで、今後の取引についてのお話というのは……」
 幸枝の一言で思い出した様子の長津は、小声で話し始めた。
 「主計中佐の話ですが、どうもこの先新たな兵器を造るとかで研究を始めるのと、攻撃力の強化とで魚雷と戦闘機を増産したいらしいんですよ」
 「それは主計中佐が仰ったんです?」
 「はい、まさに一昨日の話ですよ」
 主計中佐はその日も、煙草を片手に陽光の差し込む大机の部屋に居た。
 「長津君」
 「はい」
 分厚い丸眼鏡の奥では相変わらずギロリとした鋭い眼が光っている。
 「最近はどうだ」
 「順調です」
 長津は、やはり表情一つ変えず冷淡な口調で発した。
 「そうか、長津君なら安心だな」
 感心しているのか、かまをかけているのか。不穏な響きである。
 「実は、上層部の一部で新兵器を開発しようという話があがっているらしい」
 ゆらめく煙越しに主計中佐は続ける。
 「魚雷をな、造りたいそうだ」
 「改良ですか」
 「さあ。改良というよりは改造かもしれんな、研究も含めて大掛かりになるだろう」
 長津は「そうですか」と何事もないような返事をしたが、内心では詮索が始まっていた。
 (改良ではなく、改造?九三式でも改良すれば性能は上げられると思ったが、危険か?いや、まさか)
 「それから、やはり戦闘機だな。これは上からも増やせと云われた。どうも海は良くないらしい。空だと」
 「はあ」
 煙草を灰皿に置き腕を組んだ主計中佐は、ひとつ溜息をついた。
 「伊坂工業は口が堅いようだし増産にも何一つ言わず応じているが、生産力が心配だな。可能ならば先方に更なる増産を掛けたいが、あの小規模の工場を掛け持ちしているだけでは期待できんな」
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