三羽雀
 そうして主計中佐は再び溜息をついたのである。
 長津はそれまで持っていた箸を置いた。
 「あの人が云うんで、恐らく軍令部からか工廠からか話を拾ってきているのでないかと思われます。その話自体が事実でない可能性もありますが、ひとつ心構えをしていただければと」
 幸枝はひとつ惑うような表情を見せていた。
 「父にはその件は伝えておいたほうがよろしいでしょうかね」
 悩むように唸った長津は、
 「今はまだ、控えていただけると有り難いです」
 と答えた。座敷は再び静まり返った。
 ──鯛の煮付けが机上に置かれた頃には、二人の芸者も到着した。踊りのほうは市駒、唄のほうは佳つ江というらしい。
 「何でも構わない」という海軍中尉の希望通り、彼女らの十八番らしい持て成しの音が柔らかに響き、ゆるやかな舞がふわりと動いている。
 ワインを片手に舞と唄を楽しむうち、長津と幸枝の間にはささやかな宴会のような微かに心地良い風が吹き始めたようである。
 「まあ、踊りも綺麗で唄も素敵だわ」
 普段の宴会では未成年の女であり同席者も重鎮ばかりのために黒子に徹していた幸枝であったが、この日初めて、本当の「客」として芸者の舞踊と長唄を楽しんだのであった。
 約束の一曲を終えた芸者たちは可愛らしい拍手の中いそいそと客人のもとへやってきて、すぐ隣に腰を下ろした。
 「長津様、暫くですね。最近、全くいらっしゃらないじゃあないですか。今日は長津さんがいらっしゃったって伺って来たのよ」
 長津は真隣から擦り寄る市駒を退けるように軽く払う仕草を見せる。その芸者は浅草で名高い美貌と美声の持ち主とまでいわれたとある芸者のような、たおやかな表情とすっきりと通った鼻筋が特徴的であった。
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