三羽雀
 「よしてくれ」
 「長津様ったら、やっぱりつれない御人ね」
 幸枝の隣に座った佳つ江はこの町から流行歌や民謡の歌手となったかつての芸者とよく似たつぶらな瞳が可愛らしく、二人の様子をにこやかに眺めている。
 「三味線とお唄が達者ですね」
 佳つ江は澄んだような声で、
 「有難う御座いいます」
 と小さく頭を下げた。
 「長津さん、市駒さんをご存知で?」
 グラスを片手に幸枝は長津に問うた。
 「いやあ、まあ、何時だったか、付き合いで此処に来たときに会っただけですよ」
 「へえ、そうでしたか」
 味気ない答えに、幸枝はグラスに残ったワインをぐっと飲み干した。
 「注いで頂戴」
 佳つ江はワインボトルを取り、ゆっくりと幸枝の目前に置かれたグラスに注ぐ。
 消えかけていた華やかな白葡萄の香りが再び広がった。
 長津は幸枝がグラスを傾けてから新たに注がれるまでを呆然と眺めていた。その飲みっぷりは少女の跡形さえも無い程に豪快であったが、飲み終えた表情はぽっとしていて、どこか愛らしかった。
 「伊坂さん、お水を」
 「水なんか要りませんよ」
 少女の頬は紅く染まっている。
 「一口で結構ですから」
 一方の長津は血相一つ変えず、幸枝に水の入ったグラスを差し出した。
 幸枝は渋々水を一口含み、ごくりと喉元を通らせる。
 「長津様ったら、世話焼きですね。普段は他のかたに構うことなく御一人で呑んでいらっしゃるのに」
 市駒は猫撫で声で長津の腕に手を当てる。
 宴会のような騒がしい場の苦手な長津は、大抵仕方なしに隣に一人だけ芸者を付けると、盃を片手に冷めたような目で他の芸者たちと馴れ合う上官を見ているのであった。
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