三羽雀
 人目の少ない路地裏の喫茶店は前回来たときよりも暗く、いつも流れているジャズも耳を澄ましてやっと聴こえるほど小さな音量であったが、それでも店内は小粋に見えた。
 常連客も居なくなったのか、そこにはカウンターで食器を磨く叔父の姿だけがある。
 窓際の席に向かうと幸枝は、
 「春子ちゃんは何にする?」
 と訪ねた。そして、
 「ええっと、紅茶を……」
 と吃りながら言った春子を横目に、席に着きながら、
 「叔父さん、紅茶ふたつお願い」
 と注文をした。
 普段から多くを語らない叔父は、この静かな喫茶店と同じように物静かな人間である。
幸枝の注文を聴いて頷いた彼は、薄暗い店には不似合いな程に豪華な紋様のティーセットを用意し始めた。
 たじろいだ様子を見せる春子に対して、幸枝は頬杖をつき、
 「もしかして、緊張してる?」
 と言ってクスッと笑った。
 喉の奥の方から不意に漏れたような声を出した春子の表情には更なる動揺が浮かんでいる。
 「御免なさいね、ご迷惑だったかしら」
 態とらしく視線を逸らした幸枝の断髪が肩の上で揺れた。
 「いえ、決して迷惑ということでは……寧ろ、少し気が紛れてきたので良かったです」
 もじもじとしながら話す春子を見て、
 「それなら良かったわ。貴女、よっぽど大変なことがあったのね」
 と溜息混じりに言い放って紅茶を用意する叔父の方を眺めている。
 「よっぽどだなんて、大したことじゃあありませんの」
 (……思い出したわ。成田さんの云っていた娘かもしれない……成田実業と長年の親交があるならば良家であることはほぼ間違いないわね。話してみれば、この娘も良いところの出の筈。女子大学校に通いながらこの話し口だもの。探りを入れようかしら)
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