三羽雀
 幸枝は口の端を上げて春子のほうを向き直した。
 「自分に嘘ついちゃ駄目よ。辛いことや悲しいことがあったら、誰にでも良いから話しちゃいなさいよ。何時迄も考えてばかりじゃあ、いつか参っちゃうわよ」
 春に長津から言われた言葉である。
 弱った自分の心に響いた彼の言葉は、きっとこの娘にも影響すると考えた幸枝は、自信のあるような表情を見せて、
 「勿論私に話してくれたって良いわ」
 と付け加えた。
 春子の目には涙が浮かんでいる。
 (感動でもしたのかしら……確かに長津さんのこの話は良かったけれども)
 幸枝は冗談めかしく笑って、
 「もう、泣虫さんね。ほら、幸枝姉さんが涙を拭いてあげるわよ」
 と自らのポケットから出したハンカチを春子の顔に近づけた。
 幸枝から涙を拭かれる春子は、子供のように扱われたことを嫌ってか不機嫌な顔をしていたが、いつしかその顔も笑顔に変わっていた。
 「幸枝姉さん」とは、幸枝が会社で後輩社員や工員に情けをかけるときに使う一人称であある。
 「実は、ちょっとした悩みごとがあって」
 春子が話し始めたところに叔父が紅茶を持ってきた。
 ティーカップを持った幸枝は、
 「どんなことなの?」
 と尋ねて熱々の紅茶を口に含む。
 春子はたっぷりの白砂糖を紅茶に混ぜながら続けた。
 「今日、とある人から結婚を前提にお付き合いを申し込まれたんです。私は全くそんな筈ではなくて……。私にはその人とは別にお慕いしている人がいるのだけれど、その人は私のことをいつも妹のようにばかり見ていて」
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