三羽雀
「でもお父様、私が東京を離れたら誰が働くんです?」
幸枝の疑問のこもった口調に、父は優しく微笑んだ。
「大丈夫だ。義雄も居るし、いざとなれば私も現場に回る。幸枝は本当に頑張っているから、何処か農村にでも行って休養するような気分で疎開したらどうだ」
「でも……、誰も頼る人が居ないわ。親戚は皆東京だし……お継母様を訪ねるなんて厭よ、私は」
つっけんどんな態度を見せる娘に、父はやはり諭すように告げる。
「だからその人に訊くのだろう、頼って良いと言われたのならば、頼るんだよ」
そんなことを考えながら前を向き直すと、門前の辺りに既に長津の姿のあるのが見えた。降り頻る雨の中、彼は手拭いを片手に傘の下に立っている。
今度は転ばぬよう、幸枝は慎重に雨の中を歩いてゆく。
「お早う御座います」
「朝早くに有難うございます」
公園の敷地内は初秋の雨に濡れた緑で埋め尽くされていて、軍人が闊歩していることを除けば、かつての公園と変わり無いように見えた。
(何だか色々な人からじろじろ見られているような気がするわ……)
始業したばかりの朝の公園には将校と思しき軍人が多く、幸枝はすれ違っていく彼らの視線が自分のほうに向いているのを感じて居心地の悪いような気がした。
幸枝は長津の後ろに着いて園内を歩いている。音楽堂に繋がる広い道を横切り松本楼を過ぎて着いたのは、羽を広げた鶴の銅像のある噴水のそばにある、ちょっとした休憩所である。
屋根の下に入り傘を閉じた幸枝は濃藍のワンピースに付いた雨粒をハンカチで払い始めた。幸枝の隣に立つ長津は軍帽を取り、辺りを見回している。
幸枝の疑問のこもった口調に、父は優しく微笑んだ。
「大丈夫だ。義雄も居るし、いざとなれば私も現場に回る。幸枝は本当に頑張っているから、何処か農村にでも行って休養するような気分で疎開したらどうだ」
「でも……、誰も頼る人が居ないわ。親戚は皆東京だし……お継母様を訪ねるなんて厭よ、私は」
つっけんどんな態度を見せる娘に、父はやはり諭すように告げる。
「だからその人に訊くのだろう、頼って良いと言われたのならば、頼るんだよ」
そんなことを考えながら前を向き直すと、門前の辺りに既に長津の姿のあるのが見えた。降り頻る雨の中、彼は手拭いを片手に傘の下に立っている。
今度は転ばぬよう、幸枝は慎重に雨の中を歩いてゆく。
「お早う御座います」
「朝早くに有難うございます」
公園の敷地内は初秋の雨に濡れた緑で埋め尽くされていて、軍人が闊歩していることを除けば、かつての公園と変わり無いように見えた。
(何だか色々な人からじろじろ見られているような気がするわ……)
始業したばかりの朝の公園には将校と思しき軍人が多く、幸枝はすれ違っていく彼らの視線が自分のほうに向いているのを感じて居心地の悪いような気がした。
幸枝は長津の後ろに着いて園内を歩いている。音楽堂に繋がる広い道を横切り松本楼を過ぎて着いたのは、羽を広げた鶴の銅像のある噴水のそばにある、ちょっとした休憩所である。
屋根の下に入り傘を閉じた幸枝は濃藍のワンピースに付いた雨粒をハンカチで払い始めた。幸枝の隣に立つ長津は軍帽を取り、辺りを見回している。