三羽雀
 物静かな店主は幸枝の注文を聴いてティーセットを用意し始める。
 春子は見ず知らずの幸枝がまるで往年の友人であるかのように振る舞うので、たじろいでいた。
 「もしかして、緊張してる?」
 「えっ」
 幸枝は頬杖をついて春子を眺めクスッと笑ったが、春子はその表情でさらに動揺する。
 「ごめんなさいね、ご迷惑だったかしら」
 フイッと視線をずらした幸枝の髪が肩の上で揺れる。
 「いえ、決して迷惑ということでは……むしろ、少し気が紛れてきたので良かったです」
 春子はもじもじしながら言った。
 「それなら良かったわ。あなた、よっぽど大変なことがあったのね」
 「よっぽどだなんて、大したことじゃあありませんの」
 店主が紅茶を用意するのを眺めていた幸枝だったが、突然春子に視線を向けた。
 「自分に嘘ついちゃだめよ」
 そして幸枝はまた笑みを浮かべて続ける。
 「辛いことや悲しいことがあったら誰にでも良いから話しちゃいなさいよ。いつまでも考えてばかりじゃあ、いつか参っちゃうわよ。勿論私に話してくれたって良いわ」
 春子はまた目に涙を浮かべていた。
 「もう、泣虫(なきむし)さんね。ほら、幸枝姉さんが涙を拭いてあげるわよ」
 幸枝は冗談めかしく笑って、ポケットから取り出したハンカチを春子の顔に近づけた。
 涙を拭かれる春子は、はじめ不機嫌そうな顔をしていたが、その表情は徐々に笑顔に変わっていった。
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