三羽雀
 一方の自分はどうかというと、一応許嫁(いいなずけ)は居る。
 居るには居るが、ただ「居るだけ」で、自ら医院を開業したこともあって普段から忙しく、戦争が始まると早速召集されて何処かの兵営へ行き訓練を受けるだとかで東京を離れ、戻って来たかと思うと幸か不幸か彼の診療所が繁盛し、会うことは滅多に無くなった。
 自分が長いこと学業に(いそ)しんでいたこともあり、面と向かって話すのは年に数度が関の山で、婚約者(フィアンセ)などど言ってはみるが、ほとんど形だけのものである。
 それでも彼は、たった数時間でもよくしてくれるのだ。誠実で良い人だからこそ、早く会いたい、戦争も終われば少なくとも普通の医師として過ごせて、会える回数も増える筈なのにと思ってしまう。
 (戦争が終わって、早く康弘さんに会えたら良いのに……そんなことを考えても戦争は終わりはしないけれど)
 志津はしゃもじを片手にそんなことを考えていた。
 上の空ではあったが、なんとか今晩の食事が出来上がった。
 茶碗やおかずの皿を持った志津は、表情を引き締めて居間に入る。
 卓袱台(ちゃぶだい)に三人分の食事が並ぶ。
 「いただきます」
 それぞれ皿は三つ。
 今晩は客人──しかも大企業の令嬢──が居るので、家に残っている中で最も良い白米に麦を混ぜ角切りにしたさつま芋を一緒に炊いたご飯を用意した。
 他には人参の清汁(すましじる)、そして旬の独活(うど)のきんぴらという献立だ。
 黙々と食べる女の目には明らかに光がなかった。
 普段はこんな質素な食事はお上がりにならないのだろう。
最早物珍しいものを食べている、そんな気分になるのだろうか。
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