三羽雀
 本来二人分の食事を三人で分けているのだから、この日は殊更(ことさら)量も少ないのであった。
 「お口に合いますでしょうか……」
 志津はめっきり自信がなくなって、恐る恐る女の顔を覗き込んだ。
 女は笑って、
 「ええ、美味しいですわ。特にこの独活は大変美味ですね」
 と感心した様子を見せている。
 その表情には明らかな戸惑いが現れていた。
 父も客人も寝静まったか、志津が風呂から上がり居間に戻った頃には家全体がしんとしている。
 居間と障子を一つ(へだ)てた小さな客間からも物音ひとつ聞こえない。
 志津は箪笥(たんす)の上に置かれた三つの写真立てのうち一番左に置かれているものをじっと見つめている。
 見合いの時に渡された許嫁の写真である。
 爽やかで穏やかな笑顔、希望に満ち溢れた快活な出立(いでた)ち。
 長いこと会ってはいないが、きっと心は繋がっている。
 彼も何処かで私を恋しく思ってくれているかもしれない。
 志津は火の始末をして、寝床についた。
 翌朝、客人は朝食を食べてから荷物を(まと)め、志津たちの出勤に合わせて隣の診療所へ向かった。
 女は待合室に腰を下ろし、病室の方に目を遣っている。
 白衣を着た父は早速彼女の兄の様子を見るようだ。
 「病室へどうぞ」
 看護婦に呼ばれた女は病室に入っていき、入れ替わるようにその看護婦が受付にやって来た。
 「お早うございます」
 「昨日はどうです、特に何もありませんでしたか」
 看護婦と薬剤師は受付の窓越しに話す。
 「はあ、体調も安定していましたし、異状もありませんでした」
 「良かった……運ばれてきた時はどうなるかと思ったけれど、有難うね」
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