三羽雀
志津の声を聴いた数名の患者たちは逃げ出すように薬局を出て病院へ舞い戻ってゆく。
「さあ、あなた達も。向こうへ」
他の薬剤師を全員退避させた志津は、最後に貴重品一式を手に持ち白衣を翻して病院へ向かった。
「志津、何してたんだ。早く地下へ」
入口の辺りに立っている康弘は気を揉んだ或いは苛立った様子で妻の手を引き階段を降りた。
病院の地下には子どもから年寄りまで様々な人が居るが、皆の表情は決まって強張っている。全員が息を潜め、目を見張っている。子供達は頭巾を被り、目をぎゅっと瞑ったまま母親に抱かれている。
爆撃機の轟音が鳴り響く。この日は普段よりもその音が近いような気がしたが、それは気のせいであろうか。
地下に退避したほぼ全員がそう思っていた。嫌な予感ほどよく当たるもので、この日は牛込の街にも焼夷弾が降り注ぎ、爆発音や振動が頭上で響いた。
警報が解除され爆音の過ぎ去った地上に一足早く上がったのは康弘であった。
「私が地上の様子を見てきますから、皆さんは少し待っていてください」
階段を上がる革靴の足音が地下室に響く。
それまで薄暗い地下室に居たので、曇り空でも外は一瞬だけ明るく感じられた。
(病院は大丈夫だったな……)
病院の扉を開け一足外に出た康弘は、眼前に広がる景色に思わず後退りをする。
焦げるような空気が漂い、見渡す限りの至るところでぽつぽつと燃え上がる家屋が目に入った。
目の前の通りまで出てみると、バケツを回して消化にあたる人の姿や、燃えた家から救出されたのか引き摺り出された様子の人がぐったりと道端に横たわっているのが見える。
「さあ、あなた達も。向こうへ」
他の薬剤師を全員退避させた志津は、最後に貴重品一式を手に持ち白衣を翻して病院へ向かった。
「志津、何してたんだ。早く地下へ」
入口の辺りに立っている康弘は気を揉んだ或いは苛立った様子で妻の手を引き階段を降りた。
病院の地下には子どもから年寄りまで様々な人が居るが、皆の表情は決まって強張っている。全員が息を潜め、目を見張っている。子供達は頭巾を被り、目をぎゅっと瞑ったまま母親に抱かれている。
爆撃機の轟音が鳴り響く。この日は普段よりもその音が近いような気がしたが、それは気のせいであろうか。
地下に退避したほぼ全員がそう思っていた。嫌な予感ほどよく当たるもので、この日は牛込の街にも焼夷弾が降り注ぎ、爆発音や振動が頭上で響いた。
警報が解除され爆音の過ぎ去った地上に一足早く上がったのは康弘であった。
「私が地上の様子を見てきますから、皆さんは少し待っていてください」
階段を上がる革靴の足音が地下室に響く。
それまで薄暗い地下室に居たので、曇り空でも外は一瞬だけ明るく感じられた。
(病院は大丈夫だったな……)
病院の扉を開け一足外に出た康弘は、眼前に広がる景色に思わず後退りをする。
焦げるような空気が漂い、見渡す限りの至るところでぽつぽつと燃え上がる家屋が目に入った。
目の前の通りまで出てみると、バケツを回して消化にあたる人の姿や、燃えた家から救出されたのか引き摺り出された様子の人がぐったりと道端に横たわっているのが見える。